先日の土曜日にお休みをいただいて
7月にリタイヤした近畿ブルべの400kmを走ってきました。
一人ブルべです。
本番どおり朝8時に泉佐野をスタートして、翌朝の9時半頃に戻ってきました。
メーターで414kmでした。
とにかくつらかったです。
つらい。としか言いようがなかったです。
7月の時と比較すればずいぶん涼しくなってますし、環境はずいぶん違うでしょうが
とにかく9月の神奈川の400kmに参加する前にこの距離を実際に走行し、長さや掛る時間を実感し
経験値として体に知らせておくべきだと考えました。
先達の書かれた本やブログの記録を読んでも400kmから世界が変わるとあります。
300kmまでは朝方(概ね朝4時頃がリミットでしょうか?)になったとしても、その日のうちに帰れる感があって走れるけど
400kmは翌朝、日が明けてすっかり翌日になってしまうので、長さもひとしおであるというような記載であったかと思います。
少し時間がたった今はそうでもないのですが、直後はもうブルべなんて絶対無理だって思ってしまいました(^^ゞ。。
でも走った結果として、問題点というか、課題がいくつかわかってきました。
1回走っただけなんで、課題と言っても私の問題ですから
経験のある方にはあまり関係ない話になるかも知れません。
<補給の難しさ>
だいたい夏場に限ってですが、私は氷水をハイドレーションの軽量パックに担いで走ってます。
暑さに弱くて、背中に氷水があるとそれ自体で体を冷やせますし、発汗量がとても多いたちなので
水分補給をかなり頻繁にしないと参ってしまいます。
それに冷水を体に入れると体内から体を冷やすことができるので良いと思ってました。
ところが今回は走行時間が長すぎるんですね。ずっとずっと水分をとり続けた為、水分摂取過多、おなかはダボダボ。
食欲も減退し、真夜中以降は胃がムカついて仕方ありませんでした。
走行中何度かゲボってしまい、道路を汚してしまいました。申し訳ありません。ほとんど水ですが。。
食べる方はお昼に親子丼を頂いたりしたのですが、夜は夕方にどんべえを1つ、コンビニで啜っただけ。
ほかには翌朝終了間際になって、おにぎりを一つ食べただけです。
特に夜に入って食欲がなく、コンビニ休憩してもコーラやジュース、お茶ばっかりです。
水分補給のしすぎにはぐったりで、大いに反省事項です。
<眠気対抗>
想像通り厳しかったです。
串本以降は永遠に続くんじゃないの?っていうほど、あがったり&さがったりの連続で、苦しいアップダウンがずっと続きます。
それにソロで走ってて周囲は暗いですから、路面を照らす照明だけの視界ではどうしても頭が”ぼやーっ”てしてしまいます。
ふらついて意識が遠のくのがわかります。これは怖いです。そんな時に限って42号線は後ろから車がぶっ飛ばしてきます。
はっと目が覚めますが、怖いですねぇ。その怖さもだんだん麻痺してきますから厄介です。
普段でも車の運転でしんどい時は10分とか15分くらいの時間、路肩駐車とかして仮眠するとすっきりするタイプなんです。
今回もそうするつもりでした。公園の東屋や静かそうなコンビニのパーキングの傍など、どこでもいいからぼやけてヤバそうな時
にサッと停まってチョット寝てまた走り出すっていうのを意識的に行いました。
でも蚊に刺されるんですよね。痒いことこの上なく、寝てられない。車のような閉鎖空間ではないですからね。
で、少し寝たような気はするのはするのですが、全然すっきりしません。これは責め苦ですね。
1か所、風が強くなった場所があって、そこでは蚊が飛んで来れなかったので、ちょっとすっきりして助かりました。
<脚>
私は足をよく攣ります。普通のロングライドの100km位でも結構しょっちゅう攣るんです。
膝関節の裏のところで引き攣れることが多く、ですからいつもサポーターと消炎鎮痛剤を
持参しています。消炎鎮痛剤は私はラブを使っていますが、携帯ケースに移して持つと
嵩張らず便利です。
しかし今回は脚中ところ構わず全部引き攣ってきて、参りました。トホホです。
走りながら足を屈伸で延ばしたり、とにかく騙し騙し走るしかありません。
最後のほうではそんな変な姿勢で走りすぎたせいで、股ずれも併発してしまいました。
ヒリヒリがだんだんズキズキに変化して、ものすごく痛かったです。
<モチベーション>
これが最大の課題、いや、敵ですね。折れていく心との戦いです。
やめていい理由は上記のとおり、100程も言えそうですから
中止しても言い訳は立ちますね。無理をして後々厄介な事になったり
するかも知れませんし、単純にどっかで怪我してしまうかもしれません。
そんな理由を考え出すとどんどんいろいろ言い訳が頭の中で育ってきます。
しかし、結局、その言い訳は誰にいうの?
って考えたら、つまり自分しかないわけです。
結局、行けたかもしれないのに、折れて中止すれば
後悔が自分の中に根を据えてしまいます。
ここがつらいですね。
今回走り切れたのはこの育つ言い訳と反問を繰り返しているうちに
夜が明け、気づけば伊太祁曾神社のそばまで帰ってきた事に気づいたからです。
ここまでくれば、後は雄の山を登れば終わりですからね。
どのみち中止しても、どうやってリタイヤするのかもわかりません。
電車は動いてないし、休めるような宿もないし、止まっても蚊に食われるだけですしね。
しかし、最後のその雄の山峠は自転車では登れず、激坂途中でも休み休み、下車して押して歩きました。
脚が言う事きかないんで、もうどうしようもなかったです。
押して歩いたのは六甲山以来です。情けなかったですよ。
何度も登ってきた峠ですから悔しいです。
しかし走り応えのあるラインでした。
水越峠の登りで夜が明けはじめたんですが
辛い登りの最中に望む、雲間の向こうに明ける紀伊の山並みと空が輝いてとても綺麗でした。虹色に輝くスカイラインが涙で滲んで眼鏡を曇らせます。
近畿AJの皆様、ありがとうございました。
Recent Comments